工房をたずねて

さぬきうるしSinra

暮らしに「漆」がある毎日を。

森羅 Sinra

江戸時代末期、讃岐に生まれた玉楮 象谷(たまかじぞうこく)から讃岐漆芸を継承し、次世代にその技を繋げていくべく、漆芸家 松本光太さんが立ち上げた「森羅」。

草木が色づく前の初秋、IKUNASスタッフは「森羅」の工房を訪れました。

左から 松本さん、土田さん、大園さん

若い作り手に才能を発揮できる環境を作り、仕事を繋げることで讃岐漆芸の伝統がこの先も継承されていく、と松本さんは語ります。
現在工房には松本さんと二人の作り手さんがいます。土田さんは「森羅」としての仕事の他、作家としてご自身の作品づくりにも励んでいます。また大園さんは讃岐漆芸の高い技術を取得するために日々制作に励んでいます。

「森羅」としてはじめて世に出した漆の積み木です。
自然が生み出した「木・漆」を、赤ちゃんの時から触れ、生活の中に良いもの、文化が成長とともに寄り添っていくことを願って作られました。

「森羅」の制作現場も見せていただきました。
部屋に入った瞬間に感じるピリッとしたモノづくりの空気感とともに目に入る漆の道具たちと、漆独特の匂いに、胸を躍らされました。
あざやかな手つきで漆を塗っていく松本さん。この時は土田さんの意見を取り入れながら、ぐいのみを仕上げていました。

漆室。ここで乾燥させます。

「森羅」を代表する『ishiko』シリーズ。
日本三大花崗岩の一つ「庵治石」の粉を漆に混ぜて仕上げた『ishiko』は、金属のカトラリーを使用しても表面に傷がつきにくく、マットな仕上がりなので指紋も目立ちにくい、機能性も兼ねそろえた食器です。

使い手のことを考えた『ishiko』シリーズは、私たちの現代の暮らしに自然に寄り添いながら、次世代に伝えていく新しい漆器です。

和うるし工房あい

素材からつくる 素材から考える

和うるし工房あい

善通寺市内、田畑の中の住宅街に「和うるし工房あい」はあります。玄関先には、いくつも枝を伸ばしてのびのびと育つ漆の樹。「これね、今、実験中なの。縄文時代とおんなじように掻いたらどうなるかっていう」。そう話すのは松本和明さん。妻の宮崎佐和子さんと共に「あい」を主宰しています。

松本さんは、香川県高松市と坂出市にまたがる山域:五色台(ごしきだい)で採れた漆を使って漆器をつくっています。五色台の山中を開墾し、漆を植樹。自ら漆を掻き集め、自ら削り出した木地に塗り重ねていきます。

五色台産漆の表情

工房で使う五色台産の漆は生漆。火入れや混ぜ物などの精製を行わない、完全にピュアな漆です。その塗立(漆を塗った後に装飾を施していないこと)の器はつやつやと明るく、透き通っています。

フレッシュで軽やかな五色台産漆の器。「香川県の人に、地元の漆ってこんな表情なんだ、と知ってもらいたい」と松本さんは言います。目の前にある国産の生漆そのものを発端とし、その表情を生かして器を仕上げるために、どう技を磨いていくか、という順序で作品をつくっていきます。五色台産の漆は、それにしかない表情があるはずだ、と松本さんは言います。

焼き物の器と違って、繊細なイメージのある漆器。しかし、漆は本来、酸性やアルカリ性にも耐えうる塗料なのだそう。その証拠に、日本では9千年も前の縄文時代の漆器が出土しています。
生漆が持つ率直な強さは、松本さんの作るカトラリーにも表現されています。ペーパーナイフのような薄いスプーンは、木製とは思えないほどすっきりとした面持ち。思いがけない軽さと口当たりで、食事に向き合うひとときを静謐に演出します。

ひた走る追究の道

漆器づくりの傍ら、失伝してしまった掻き方や漆の歴史も研究中。「もうね~、漆オタクなんですよ」とは佐和子さん。

「国産漆は、まだまだ完成されていない。だから、自分が発見したことは、全部オープンにしてる。それを今後、実践してくれる若い人が増えていったなら、その先に広く深い文化として、国産漆というものの全体像が見えてくるんじゃないのかな」と松本さん。漆の世界を究める旅は加速していくばかりです。

和うるし工房あい
香川県善通寺市中村町697-1
tel.087-63-3930

※「和うるし工房あい」はIKUNAS vol.5「いま、気になるもの。めくるめく漆」、vol.11「人生によりそう食。」でご紹介しています

工房をたずねて

工房をたずねて

ものづくりが生まれる場所=工房をIKUNASℊスタッフが訪ねました。
職人がものづくりをする姿や、道具を記録し、
工房だからこそ聞ける職人の想いなどをレポートしています。

曽川満里子(讃岐の手まり)

和うるし工房あい(漆器)

谷川木工芸(讃岐桶樽)

原銅像製作所(讃岐鋳造品)

大川原染色本舗(讃岐のり染)

兵頭恵子(丸亀うちわ)

岩部保多織本舗(保多織)

三池(手描き鯉のぼり)

道久桐箱店(桐箱)

乃村玩具(高松張子)

一和堂工芸(香川漆器)

森本建具店(組手障子)

やきもの工房onuma(讃岐装飾瓦)

曽川満里子

工房をたずねて 曽川満里子

讃岐の手まりは江戸時代。主に農閑期の女性の手仕事としてはじまり、今に伝えられている。砂糖、塩とあわせて「讃岐三白」と呼ばれた木綿の糸を草木で染め、伝統的な模様をかがった手まりは、「讃岐かがり手まり」として、1987年香川県伝統的工芸品の指定を受けた。その技法を受け継ぐ伝統工芸士の一人が、三豊市在住の曽川満里子さんだ。

約30年前に手まりと出会った曽川さんが何より魅かれたのは、静かな色をたたえた「糸の美しさ」。当時はまだ技法なども確立されておらず、人伝えや文献を頼りに、手探りでまりを作っていた。「木綿の手触りや染めた時の色が時間とともに変化していく様を見るのが好き」と曽川さん。同じ材料を使っても育った環境や季節、干した時の温度、湿度により糸は全て違う表情に染まり、ゆっくりと色を変えていく。その様子を「糸が居場所を見つけて落ち着いていく」と、曽川さんは表現する。

手まりの作り方はとてもシンプル。もみ殻を和紙で包んだ芯に、木綿糸をぐるぐると巻いて、土台のまりを作る。その上に「柱」と呼ばれる基本線を糸で引き、描きたい模様に沿ってかがっていく。まんまるに糸を巻く作業だけでも難しそうだが、「1本ずつ違う角度に巻いていったら自然と球体になる。人の手ってそうなるようにできてるのよ」と、曽川さんは笑う。基本の模様は菊かがりや升かがり、麻の葉など古典的な柄を中心に十数種類。同じ模様でも糸の選び方や組み合わせで、十人十色の手まりになるという。

手まりと真摯に向き合ううち、新たな縁に恵まれた。近所の気の合った仲間と共同で糸を染めるようになり、展示会を開くと少しずつ注文が入るようになった。明るい色の糸や、新柄にも挑戦した。桜や鶴、藍の手まりなど、日本的なモチーフは海外へのお土産としても喜ばれている。

2009年、伝統工芸士に認定されてからは、讃岐の手まりを伝える活動にも取り組み、地元の小・中学校で講座を受け持っている。「子どもは自分の中から欲しい色をサッと選ぶ。時には大人が想像できないような組み合わせもあって楽しいですよ」。IKUNAS g (イクナスギャラリー)でも手まりのワークショップを開いている(※2020年10月より当面の間休止)。
「手まりを通じて自分の居場所を見つけてほしいと思っています。かつての私がそうだったように」。

手まりとめぐり合い、表現することの喜びを知った曽川さんは、今日もまるい心で手まりと向き合う。次はどこへ転がっていくのだろう。それはたぶん「まりが転がりたいところへ」だ。

大川原染色本舗

工房をたずねて 大川原染色本舗

200年以上の歴史を持つ香川県の伝統的工芸品「讃岐のり染」。
その技法を受け継ぐ大川原染色本舗(高松市)は、獅子舞の油単(ゆたん)、大漁旗、結婚や誕生の祝い旗など、古きよき文化を継承し、今に伝えてきました。現在でも暖簾や壁掛け、ハッピ、横断幕など、暮らしの中の「ハレの日」を色鮮やかに彩っています。
日常や「間」を仕切る―。1枚の布を通じて人と人、場所と場所、時間と時間がゆるやかにつながる様には、何とも日本的な風情があります。

「讃岐のり染」の起源については定かではありませんが、江戸時代には高松城下にたくさんの染物屋が軒を連ねていたそうです。「のり染」は、うるち米に塩や石灰を混ぜてつくる「のり」を布に置くことで染まらなくするという技法で、現在7代目の大川原誠人さんが、その技術を受け継いでいます。
 色をつけない部分にのりを置く作業を「のり置き」といい、切り抜き型の筒に穴をのりを置く方法と、ケーキのクリームのようにのりを搾り出す「筒」という技法があります。「讃岐のり染」は「筒」を使うのが特徴で、絹地に花鳥風月や勇壮な戦国武将などが描かれた豪華絢爛な油単は香川ならではのものです。

讃岐のり染の工程

京都の大学で芸術を学び、1997年に家業を継いだ誠人さんは、伝統を受け継ぐ一方で、自身の「表現」としてのアート作品や、現代の暮らしに合うモノづくりにも挑戦しています。2011年からは香川の地場産業と異業種コラボを行う「讃岐ざんまい」に参加し、新たなブランド展開も行っています。華やかな牡丹やドット柄に染めた布を使ったトートバッグ(tote)や小風呂敷(tutumu)、タペストリー(ten ten kake)など、どの作品もモダンながらどこか懐かしい雰囲気。洋にも和にもなじみながら、持つ人の個性を引き出してくれます。ハレの日にも日常にも、独特の存在感を放つ「のり染め」の魅力。歴代の創意工夫が生み出した染物は、讃岐の民俗や風習、時代の空気感を如実に映し出しています。

兵頭恵子

工房をたずねて 兵頭恵子

夏の風物詩、うちわ。ふうわりひと扇ぎすると、心地いい涼を感じさせてくれます。
全国シェアの9割を誇る丸亀うちわは江戸時代、こんぴら参りの土産物として始まり、地場産業に発展。
1997年に国の伝統的工芸品に指定されました。竹から1本のうちわができるまでには47の工程があり、2~3週間もの時間がかかます。竹、木綿糸、和紙など自然の素材を使い、職人の手で1本1本作られる丸亀うちわは、持ちやすくてほどよくしなり、やわらかい風を運んでくれます。
 そんな丸亀うちわに魅せられた兵頭恵子さんは、50歳を前に後継者育成事業の7期生に応募し、職人の道へ入りました。小柄な体で竹を割ったり削ったり。自宅作業のほか、丸亀市の「うちわの港ミュージアム」でも実演を行っています。

丸亀うちわができるまで

うちわ作りに使うのは、県内産の真竹。一定の幅に割り、内側の節を削った竹を「切り込み機」で穂先から10cmくらい切り込みを入れ、同じ感覚で裂いていきます。
その後、節に弓竹を通して「穂骨」を糸で編んでいく「付」(つけ)という作業へ。兵頭さんは「ここが一番の難しいところ。竹を扱うのに力は必要だけど、力だけじゃだめ。ちょっとしたコツがいるんよ」と、器用に糸を交差させながら、編み進めていきます。専用の道具を使って網目を整えながら広げていくと、だんだんとうちわらしい形になっていきます。「骨」ができたらのりをつけて紙や布を貼り、余分なところを切り落とし、周囲にへり紙と耳を貼って、ようやく完成となります。

兵頭さんは伝統的な丸亀うちわのほか、オリジナルの創作うちわにも取り組んでいます。
鞄に入れて持ち歩ける、友禅和紙を貼ったミニうちわ(収納袋付き)や、握力の弱い人が持ちやすいよう、ストッパーをつけた「楽竹うちわ」など、女性ならではの細やかな感性が光る新作が、次々と生まれています。

「何本作ってもまだ、最高と思えるものは作れていない」と話す兵頭さんは、新たな挑戦として2013年、夏場だけではなく通年使える「サヌキモノウチワ」を発表しました。高松市在住のイラストレーター、オビカカズミさんとのコラボレーションで生まれたうちわは、お相撲さんや鯛、松など香川にちなんだイラストが描かれた阿波和紙を使っています。カタチも遊び心がいっぱいで、扇いでも飾っても絵になるので、贈り物としても喜ばれそうです。「なるべく使い勝手がいいようにと、いつも考えています。長くやっていると足も腰も痛むけど、好きなことだから仕方がない」と、はにかむように笑う兵頭さんは、職人になって11回目の夏を迎えます。手には小さな傷やマメが絶えず、削った竹で洋服が汚れても「丁寧に、丁寧に」仕事をする兵頭さんを見ていると、うちわ作りへの静かな情熱が伝わってきます。高知の土佐和紙や香川の保多織など、様々な素材を使っての創作にも取り組んでおり、今後の展開がますます楽しみです。

岩部保多織本舗

工房をたずねて 岩部保多織本舗

多年を保つ、と書いて「ぼたおり」と読む。丈夫なことで知られる讃岐の織物「保多織」は、江戸時代から伝わる県の伝統的工芸品。
気持ちのいい肌ざわりと、保湿性や吸水性に富んださらりとした質感。木綿の糸が織り成す、素朴な風合いが魅力です。かつては幕府への献上品として作られ、明治維新後は地場産業として発展。現在は県内で唯一の織元となった高松市の「岩部保多織本舗」が、その伝統を受け継いでいます。
4代目の岩部卓雄さんは、県認定の伝統工芸士。使いこんだ織り機に座り、カタンコタンと小気味いいリズムを奏でながら、次々と新しい布を生み出しています。

「一般に平織りというのはね、縦横の糸を1本ずつ交互に織るんだけれど、保多織はこの4本目の糸を浮かせるのね…ほら、こんなふうに」と分かりやすく指を使って説明してくれました。
糸を浮かせることで生まれるわずかな隙間。これが「保多織」のワッフル感の秘密。隙間に空気が入ることで夏はさらりと、冬はあまり冷たさを感じさせない、独特の肌ざわりが生まれるのです。

丁寧に織られた布はシーツなどの寝具、洋服や小物となり、店内をはじめ土産物店のほか、全国の百貨店の催しなどで販売されています。「保多織をもっと広く知って使ってもらいたい」(卓雄さん)との思いから、色や柄も実に豊富。最近は好みのデザインでのイージーオーダーも手がけており、着るほどになじむ風合いにリピーターも多いとか。

店内には織地見本やゆかたの反物もずらり。大きな裁断テーブルや、足踏みミシンもあり、昔ながらの「ものづくりの風景」を垣間見ることができます。ゆったりとした空気感も一緒に織り込まれているような、讃岐の織物「保多織」。蒸し暑いこれからの季節、自分へのご褒美や贈り物としても、喜ばれそうです。

三池

工房をたずねて 三池

屋根よ~り~高い鯉のぼり~♪
と歌われた五月の風物詩、鯉のぼりも最近は少子化や住宅事情の変化で、ずいぶんと変化しています。香川県坂出市はその昔、「日本一の鯉のぼり生産地」として知られていました。昭和30年ごろまでは和紙で作られており、土産物として外国への輸出も盛んだったとか。『手描き鯉のぼり・三池』は、その歴史を唯一受け継ぐ製造元。先代の山下信一さんの跡を継ぎ現在、娘婿である三池誠一郎さん(72歳)が制作されています。
 昭和40年代からナイロンプリントによる鯉のぼりが主流になり、和紙の鯉のぼりは全国的にも稀少になりました。「55の手習い」で鯉のぼり作りを始めた三池さんは、「義父の姿を見ているうちに、伝統を絶やすのはもったいない」という気持ちになり、弟子入りを決めたそうです。和紙の弱点は雨。ならば室内でも元気に泳ぐ鯉のぼりを作ろうと、玄関や床の間などに飾れる、小さなサイズの手描き鯉のぼりを考案しました。

最も小さな「ミニミニサイズ」の3匹セットで高さ25cmほど。手のひらにすっぽり収まる大きさの鯉のぼりはかわいらしく、手描きならではのぬくもりが感じられます。青やオレンジを加えた5匹セットや、天井から吊るしたり壁に貼って楽しむ45cmの鯉のぼりもあり、飾るスペースに合わせて選べます。
 三池さんは毎年、2月くらいから制作に取り掛かります。和紙を切って貼り合わせ、そこに鉛筆で下絵を書き、筆やアクリル絵の具で彩色していきます。迷いなく描く線は勢いがあり、最後に目を入れると、まるで鯉に生命が宿ったようです。

鯉のぼりの起源は諸説ありますが、江戸時代、武士の家に男子が生まれると、軒先に旗のぼりを上げたことが始まりとされています。それを見た庶民が立身出世の象徴だった「鯉」を軒先に上げたのだとか。今も昔も、子どもを思う親の気持ちは同じ。「手描き鯉のぼり」の伝統を守りながらも、気がかりなのはこれからのこと。三池さんの跡を継ぐ人は、残念ながら見つかっていないのです。「誰かやってくれる人がおればな」とポツリ。
 五月の節句はもうすぐ。讃岐の伝統工芸を、何とか後世に伝承していきたいものです。

道久桐箱店

工房をたずねて 道久桐箱店

約90年続く店を今はひとりで守る、香川の伝統工芸士が作る桐箱は、温かみがあり他の木にはない独特な風合いが魅力です。
桐箱は、木目が美しく光沢があり軽く、その中に入れたものを湿気から守るという特徴があるため、たいへん重宝されています。

桐は幹の中心に空洞があり、大きな材料が取れないので、数枚の板を張り合わせて、それを箱に仕立てます。切り口は間近で見ても境目がわからない程ぴったりと合っています。
全て手作りで、組み立てに使う釘も1本ずつ丁寧に、つげの木で作られています。

つげの木とつげから作った木釘。

桐は幹の中心に空洞があり、大きな材料が取れないので、数枚の板を張り合わせて、それを箱に仕立てます。切り口は間近で見ても境目がわからない程ぴったりと合っています。
全て手作りで、組み立てに使う釘も1本ずつ丁寧に、つげの木で作られています。

10年前に作られた味わい深い小さなタンスです。引き出しの奥に隠し場所を作るなど仕掛けがあります。軽くて柔らかい桐を使って組み立てられた製品は、作りの緻密さと温かみのある品の良い仕上がりが特徴となっています。

あなたも、大切なものを納めてみませんか。
精巧な仕上げをした桐ダンスは、100年は保つと言われています。

小さなものからでも、オーダーができます。

2週間から1ヶ月あまりで出来上がります。

WEBマガジン IKUNAS.com
IKUNAS FLAVOR OF LIFE vol.14

▶︎

ファッション小物

アクセサリー

バッグ


▶︎


▶︎


キッズ ▶︎

ベビー服

ベビー用 食器


BOOKS ▶︎

IKUNAS

IKUNAS定期購読

その他


贈りもの ▶︎


商品一覧 ▶︎

特集

木のおもちゃ ▶︎

アウトドア特集 ▶︎

季節の手まり ▶︎

IKUNASオリジナル

読みもの

工房をたずねて
IKUNASfレシピ

各種サービスのご案内

ギフトラッピング
法人ギフト
名入れサービス
再生サービス
お手入れ方法

商品開発の取り組み

SNUKIMON
讃岐ざんまい
SANUKISAN
facebook

IKUNASfkitchen

ページトップへ