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IKUNASg(イクナスギャラリー)では、25日まで『讃岐のり染展』が開催されています。讃岐のり染と同じく、江戸時代の頃より長く続く、ものづくりが高松で続いています。
その名も「高松張子」。松平のお殿さまが高松藩にはいる際に製法を教えたのがはじまりとされています。
そのころ城下町に職人を住まわせ、ものづくりが盛んにおこなわれてきました。紺屋町=染、大工町、鍛冶屋町 など、現在もその住所に名残が残っています。
その鍛冶屋町では、人形を作って売る店が軒を連ね、「高松張子」もその一つでした。
張子人形や小さい「嫁入り人形」を、嫁にいった先の近所に配ってまわったという風習があったそうです。
また、子供たちもそれが楽しみで、「デコ(人形)さん、いたぁ(※讃岐弁、ちょうだいという意味)」と声をかけることもあったとか。

現在も数多くはいないですが、数名の作り手はその技術を受け継いでいます。
私が生まれたときには、すでにおもちゃは大量生産の時代真っ只中。そんな時代を一通り経験してきたこともあり、
この歳になって、自然素材で一つ一つ作られた素朴な玩具をとても魅力に感じています。

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きっかけは、家にあった「奉公さん」。※写真は、IKUNAS 久保社長の私物です。
人間国宝の宮内フサさん作のものだったと思います。あれはそういえば宮内さんだった!!と気づいたときには、残念ながらすでに家族が誰かにあげてなくなってました。※宮内さんは一つ一つ後ろに名前と途中からはお歳も墨書きしていました。
奉公さんの話は少し悲しくて、生駒時代、お姫様に仕えるマキさんという女性が、お姫様が病気にかかった際、自分にうつし小島へ流れて亡くなったという言い伝えからうまれました。その奉公さんをお嫁のときにもっていき、我が子が病になったときに奉公さんを抱かすと病が治るといわれていました。
ただ悲しい言い伝えの「奉公さん」ではなくて、家の中を優しく守る存在だったのだと思います。
その時代の不便さはあったと思いますが、私はとてもうらやましく思い、当時を想像します。

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私の仕事で使うデスクの上は今、嫁入り人形と張子職人がつくるつまみ人形が並んでいます。
親指よりも小さいミニチュアサイズ。
一つ一つ表情が違うのも手仕事の特徴です。

旅行先で郷土玩具を見つけては買って帰り、旅の余韻を楽しんでいます。
土地の歴史は、郷土玩具にアリ!と言っても言い過ぎではないかもしれません。

IKUNASgでは、営業時間内に「高松張子の絵付け体験」も行っています。
張子職人が作った土台に、好きに絵付けを行うことができます。
完成させて、自分だけのおみやげをもってかえってくださいね。
■張り子に絵付け体験の詳細については、こちらをご覧ください。

IKUNASWEB

小売・流通担当 溝川